2009年5月8日金曜日

幸福論

私の周りで幸福論を読んでいる人がいた

ただ、私は自分が「幸せになりたい」という人はあまり好きではない。
今まで関わってきた「幸せになりたい」と言う人に、ろくな人間が居なかったからだ。

酷い例は、幸せになりたいと言いつつ、その行動で周りをどんどん不孝にして、
自らも不孝に落ちてゆく、負のスパイラルを形成・・・。
勘弁して欲しいんだお。

映画『Into the wild』で
荒野で孤独に死んだ主人公が
happiness is only real when shared
と書いていたことや

小暮真之『“想い”と“頭脳”で稼ぐ 社会起業・実戦ガイド 「20円」で世界をつなぐ仕事』にて
 人は何のために仕事をするのでしょうか?
 これが正しい、と思われてきた価値観が一瞬で壊れる今の時代にあって、もはや自分だけが幸せになるための働き方や生き方と言ったものはあり得ない。と言うことに多くの人が気づきはじめている。
とあるように、自分(だけ)が幸せになるなんて考え方はあり得ないと思う。



私としては『コードギアス反逆のルルーシュR2』で
自らの手で実父と親友を殺害した枢木スザク(くるるぎすざく)が、
親友(ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)を自ら殺害した際に
「人並みの幸せが得られると思うなよ」
「そのギアス受け取った」
と答えたように、個人としての幸せはもとより、自分の人生に興味はない感じだ。

私も実質一人の人間を不幸なまま死に追いやっているので、それで悟りが開けたのだろうか?
(生物学的に殺した訳ではない。)

言葉としてはベンサムの「最大多数の最大幸福」
こちらの方が私の価値観に合致している。

幸せとは自己定義(もしくは内部記述)の問題であろう。
人を幸せにすることを、自らの幸せだと認識することができれば
もっとよりよい社会になるのではないか。

他人の「幸せになりたい」という言を聞くと
ちょっと寂しくなります。

自分が幸せになりたいのなら
まず他人を幸せにすることです。

私の幸せ、そして人生は、どれだけ多くの人を幸せに出来るか。

博愛主義者乙wwwって言われそうですがねぇ。

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