2009年5月17日日曜日

あそび と おもちゃ

あそび と おもちゃ

過去の恋愛のことを「おね−ちゃん遊び」と表現したらものすごく退かれた
「遊び」じゃなかったら何なんだよと

人間とは、ホモルーデンス(遊技人)と言い表されることがある

恋愛なんてのは合理的に考えて、全く必要のないことでしょう。
20過ぎぐらいにそのことに気づいて、やめにしました。
以来、彼女は居ません。
同世代でもそう言う感覚は少なくない。(特に中高でモテモテだった人間に於いて)

冒頭の彼女の思考では
「遊び」の対義語が「真剣・本命」
一方私の中では
「遊び」の対義語が「合理性・効率」
という錯誤があったのでしょう。


合理性を排除して興じるからこそ、のおねーちゃん遊び
遊びのおね−ちゃんとは言っても真剣です。
本気(マジ)で遊んでました。

さて、
離婚訴訟とか人間関係のドロドロな事件は、好きな人とそうでない人二極に分かれると思う
知人の弁護士に、法律家の醍醐味は何か聞いたところ、
「他人の人生をおもちゃにできることだ」と言っていた

それは他人の人生をもてあそぶという意味ではなく、
知的な遊具と考えているのであろう。
それまでに受任した事件と全く同じ事件など無く、新しい知恵の輪を与えられたような感じなのでしょう。

表現がアレだけど、とってもwarm heartな先生です。
でも、だからこそ結婚できないと思うんだけど。(藁

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