2011年8月20日土曜日

リーダー論1:植木屋的人材感の日本人

以前、ツイッターで

リーダーの不在を嘆きつつも、出る杭は打つ。いったいどうして欲しいのだろう。我が国の国民は。less than a minute ago via twicca Favorite Retweet Reply
と書いたところ
 瞬く間に100程 RT されると同時に多くの反響を頂きました。


 代表的なのが以下のような反応ですが。
全くその通りですね!対案の無い批判や,不満の矛先をすぐ他人に向けるのは,辞めてほしい.RT @kiwipon: リーダーの不在を嘆きつつも、出る杭は打つ。いったいどうして欲しいのだろう。我が国の国民は。less than a minute ago via HootSuite Favorite Retweet Reply


中でも一番しっくり来たのが
 リーダーではなくファシリテーターこそが必要だという以下のツイートです。
日本的民主主義にはリーダーよりファシリテーターが必要と思います。 RT @imusuke 的を射てる。国民もおかしい。RT @kiwipon: リーダーの不在を嘆きつつも、出る杭は打つ。いったいどうして欲しいのだろう。我が国の国民は。less than a minute ago via Tweet ATOK Favorite Retweet Reply



先日ランニングしていて、
綺麗に刈り込まれた植木見て気づいたのが この植木というものに、
日本人の美意識が強く反映されているのではという点です。

 芝生を例にしても
海外では伸びたから切るという程度なのに、日本人はその美意識から切りそろえます。
突出したものを嫌い、均質的な物にしたがる美学を持つ国民性。
その違いは大きいかもしれません。

 日本人は農耕民族であると良く言いますが、
植物を栽培するにあたって、
初期段階では種子を蒔いたあと、芽が出てきてから、良いものを育てるために間引きます。
そして、残った良いものを育てていきます。
(ただ、最近は、既に鉢植えになっている苗から育てる事が増えてきていますが。。。。)


良い芽を育ていく。ではなく、綺麗に刈り揃える植木屋な気質を持つ日本人
国内で、突出した人物が表に出て来にくいのは、
DNA に刷り込まれた、日本的な美徳なのかもしれません。

 と言うことは、この国の改革を考える上では、リーダーによるhike up 的なアプローチではなく、
ファシリテーターによってベースから底上げしていくようなアプローチの方が
社会に受け入れられそうです。

ただ、「日本人」というよりは、今や大多数を占める「高齢者層」は大きな変化を好まないように思います。
既得権益を手放したくない云々よりも、環境の変化に適応できるかどうか不安だからというのもありそうです。

気づいていたら暮らしが良くなっていた的なのが理想かなぁ。 
このままだと、変化をよりもおそろしい 崩壊が待ち受けているので なんとかしないとね。

本気(マジ)で。
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