2011年8月27日土曜日

リーダー論2:リーダーは必要か

日本のリーダーを作ろうという養成所はたくさんあります。
ただ、私は前々からリーダーと言う言葉に疑問を感じていました。


最近、派遣でソフトウェア開発の現場に一兵卒(というよりも、リーダー補佐官として)入りましたが、現場のミドルクラスのポジションには、本当に優秀な現場指揮官が沢山んいることを感じました。

社会全体でいえば、軍隊で言う所の軍曹的なポジションに優秀な人間がゴロゴロ転がっているのです。
帝国陸軍が「兵士は優秀だが将校が無能」と言われた、日本の特徴(いい意味での良さ)(*1)は残っている。ということに、ある意味安堵しました。


果たして日本にリーダーは必要なのか

慶応義塾大学の小幡績先生がアゴラでのリーダーに関するのエントリーで述べているように(*2)、日本は現場が優秀です。

現場が優秀だからこそ、上に立って俺が俺がと自己主張するリーダーではなく、現場のミドル以下レベルのリーダーたちに裁量を与え、上手くオーガナイズできる人材こそが必要であると考えています。

『「明治」という国家』の中で司馬遼太郎は、西郷隆盛象について、西郷とは基本的に部下を信頼して任せ、何か問題が発生したりしたら責任は西郷が負っかぶるというスタイルだったそうです。

このように、優秀な人間を引き寄せる求心力と、適材適所で彼らに任せ、良い仕事をさせるような采配力を持つ。
これこそが、日本で必要なトップのあり方なのではないでしょうか。

先に述べたように、日本人は、出る杭を極端に嫌う傾向があるので、リーダーを生み出す!という気概はとても素敵だと思いますが、若干違和感を感じるのは、
強いものが決定権を握った戦国時代ならいざしらず、
民主主義制度により、大衆がキャスティングボードを握った現代の日本ではそういう人物は活躍しづらいように思います。
(直接声が届く範囲では有効ですが、全体を相手にすると、機能不全に陥ると考えます)

どこまでの範囲を「リーダー」と呼ぶのかという本質的な議論はさておき、
現場のリーダーを育成するノウハウを社会で共有していくことは必要でしょうね。
(経験を積ませていくうちに勝手に育っていきそうな気もしますが、より良い経験を積むには?ということで)
必要なのはリーダーではなくリーダーシップとそれを支えるフォロワーシップ。


【参考文献】
司馬 遼太郎
日本放送出版協会
発売日:1994-01

司馬 遼太郎
日本放送出版協会
発売日:1994-01


(*1)池田信夫-なぜ日本は機能しているのか
http://agora-web.jp/archives/1366188.html

(*2)小幡績-今の日本にリーダーシップはいらない
http://agora-web.jp/archives/1366692.html

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