2011年9月5日月曜日

100km行軍レポート1

100km行軍報告と御礼→  http://blog.daiheiwa.net/2011/09/100km.html



●036km 日本橋~~神奈川区
スマホを便りに道も十分に調べず、地図も持たず出発。

最初は歩きでスタートするも、台風が来ているためこれから先、雨が予想されるので、雨が降っていないうちは距離を稼いでおこうと23km地点から走ることに。品川まで走った辺りで、スマホ情報により、国道1号線を走ったほうが良さそうだといことで、第一京浜=15号線≒旧東海道から逸れて五反田辺りから1号線を走る

17kmの池上辺りで走行中初の雨に遭遇。前が見えなくなるぐらいの雨、「もう雨が来ちゃったのか~気が重いなぁ」としょんぼりした気分でカッパを羽織るも、通り雨でしばらくすると雨が上がる。(それから藤沢ぐらいまではカッパの出番は有りませんでした)
多摩川を超えて神奈川県に上陸。川崎市で苦しめられたのが歩道橋の存在。ただ、後から何度も思ったのはこの頃は歩道橋を登る元気があったなぁ・・・と。

鶴見区に入った辺りで、生麦事件の有った、生麦(地名)ってこの辺りだったよね?と思い、調べたところ、実は15号線の方が旧東海道に近く、生麦事件の発生地があることが判明!折角だから見に行こうと思い15号線に入る道を行こうとするも、道を間違えて元の道に戻るという失態・・・。
生麦事件跡地をオーバーシュートするも、やっぱり行っておきたいと思い新子安辺りで15号線に入り、生麦まで北上。無事、跡地にある生麦事件の碑を観ることができ、神奈川辺りの分岐まで旧東海道に近いところを歩く。

36km56km  神奈川区~戸塚区 
だいたいこの辺りから暗くなりはじめ夜になりました。程ヶ谷は旧宿場町の面影が残っている部分もあり少々楽しめました。
そして最初の難所だった戸塚に入ります。なぜ難所となったかというと、ここまで多少の坂道はあってもずっと平地を歩いていたところ、保土ヶ谷~戸塚で山道に入ったからです。権太坂を始め坂道が辛かった。
旧東海道が階段になっている場所有りましたが、きちんとその案内も表示されていて、戸塚区は旧東海道の存在がよく分かるような看板がたくさん設置されていたのも印象的でした。また、コンビニの数がまばらになってきて、補給から補給までが長く感じられる用になった区間でした。




56km70km  藤沢~茅ヶ崎
藤沢に差し掛かる辺りから雨が降り始め、国道1号線を歩いているつもりが、違う道を歩いていました。でも、藤沢では時宗の総本山である遊行寺が有ったり、茅ヶ崎では松下政経塾が有ったりと、結果的には得るものが多かったので結果オーライ。
音楽聞きながら歩くということを始めたのも藤沢に差し掛かった辺りでした。

松下政経塾の前についたのが11:30。固く閉ざされた政経塾の門を見て、私には政経塾の門が開かれなかったなということを、身を以って実感し、複雑な心境になりました。
彼らの行う行軍は一緒に歩く仲間が居るし、中継地点とかでサポートしてくれる人が居る。私の場合は一人で歩き、補給も全部自力で確保しなくてはならない。これから先もそうなんだろうな・・・と、若干暗い気持ちになるも、こっちのほうがハードル高いよね?やり遂げたら私のほうが強い?と奮起(笑)

体力的に疲れが出てきて、心が折れそうだったのもこの地点。足の裏が痛くなり、徐々に筋肉痛も出始め、左大腿の付け根に違和感を感じ歩きかたに異変が出る。
ここで故障しては仕方が無いのでベンチに座り、マッサージをしながら湿布を貼り、歩行再開。
天候もあるから辞めたら?的な弱い心に付け入ってくる悪魔の囁き的なメッセージを頂いたりして、天候を言い訳にやめてしまおうか、などという考えが何度も頭をよぎりました。でも、そのたびに一度目標を立てたならやり通さねばならないと思い直し歩き続けました。

そうこうしているうちに、2番目の難所、湘南大橋に差し掛かります。大きな橋だな~台風あるし怖いな~と思って渡り始めると、ゴーゴーと風が轟音を立てているのに、意外や風が感じられない。そう、風防の板が有ったのです。助かった!しかし、その思いは無残に打ち砕かれます。
・・・風防は途中までしか無かったのです。横からの強風でまっすぐ進めなくなる。一生懸命ポケットのものが飛ばされないように、そして自分自身が飛ばされないように手で押さえながら歩く。橋を渡りきったときは、心から安心し、感謝しました。


100km行軍レポート2 http://blog.daiheiwa.net/2011/09/100km_4860.html

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